俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

ダブル柴




サンペイという柴の男子が、飼い主さんが帰省する10日間ほどわが家に逗留した。
※「カンペイ」に「サンペイ」では読んでいて混乱するので、今後は「三平」と表記する。

前にも書いたと思うが、三平は東京都の動物愛護相談センター出身で、私が以前属していた団体から新しい飼い主に譲渡された。
いろいろな経緯から、三平は年に1度はわが家に逗留する。
年齢は7歳にはなる。昨年に比べて歴然と顔が白くなっていたのには、「犬の人生はなんと駆け足なんだろう」と胸をつかれる思いがした。
換算すれば私より若いのだ。

これまでラブのテツ(♂)やボニー(♀)、死んだわが家の老先住コーギー(♀)と三平は一緒に過ごしたことはあったが、柴どうしの組み合わせははじめてだった。しかも♂どうし。
懸念がなかったわけではない。

だいぶ以前の話だが、センターで柴を引きだそうとしたとき、センターの獣医師さんに他の犬に対してフレンドリーかどうかを尋ねたことがあった。
その獣医師さんは少し困ったような表情でいったものだ。
「柴について、フレンドリーかどうか訊かれても……(=フレンドリーな柴はいない)」

センターの獣医師さんまでがそういうふうに柴を見ていることに、私はちょっと驚き、でありながら半分納得してしまった。
ま、柴だからしゃーないか……と。
柴というのは幸か不幸か、そういう存在と見なされているのだ。

このような一般化は間違っていると、いまは思う。



カンペイはきわめて独特に社交的だし、三平は社交的とはほど遠い存在だが、少なくとも相手の犬を(消極的に)受けいれるだけの寛容さは備えている。
早朝の公園に散歩に出かけると、大型犬や小型の洋犬にまじって柴が楽しそうに遊んでいる姿を見かける。
ドッグランでとりどりの犬たちと仲よく走りまわっている柴がある(たとえば6月5日の拙日記を見ていただきたい。ラブ♀のボニー、コリー♂のユーリの追いかけっこに当たり前に初対面の柴が参加している)。

もちろん、他犬に対してきわめて狭量な柴が存在することを私は否定しない。
無用に肩をいからせながら、接近する犬ことごとくにガン飛ばして歩く柴がたしかにいる(たいてい自分に似たチンピラ犬を互いに目ざとく見つけあって、激しく吠えあう。相手の犬種はまちまちだ)。
なにが気に入らないのか、あらゆる犬に対して公平かつ無差別に甲高い声でギャンギャン吠えかかる柴もいる。すれ違いざま、無言で相手に飛びかかろうとする柴だって、ごくマレにだが存在する。

私が短期間預かった柴のなかにも、他の犬を見るとことごとく吠えかかったバカタレがいた。
しかしコイツは人に対してはじつに朗らかで、愛情深く、めちゃ愉快でこれっぽっちも憎めない男子だった。
新しい飼い主さんはこの柴男子を溺愛し誇りに思いながらも、残念なことに、他の犬のいるドッグランやドッグカフェやPerroの運動会などで愛犬をお披露目することができないのである。
一部の柴の飼い主さんが、散歩中に出会うとこそこそっと道をそれたり、木の陰に隠れたり、遠回りしたりするのは、あなたのことがひと目見て大嫌いとかそういうことではなく、立派なワケがあるのである。

反対に、散歩で出会う洋犬の飼い主さんのなかに、遠くからこちらの柴の存在を認めると、明らかに身を固くする人がいる。
柴で痛い目にあった経験をおもちなのだろう。
少数の強烈に敵対的な個性をもった柴によって、柴全体のイメージが誤って受けとられてしまっているのは残念でならない。



私のかすかな懸念を裏切って、2頭はみごとに共存して暮らした。
その関係はじつに大人(おとな)だった。
サクとカンペイのように一緒に遊ぶなんて子どもじみたことはもちろんしない。
ほとんどの時間、ただ、お互い素知らぬ顔でそこに在るだけといっていい。
ファミレスで料理を待つあいだ、ひとことも口をきかない夫婦をときどき見かけるが、ああいう関係に近いかもしれない。
三平がやってきて2日もすると、かすかに感じられた緊張もまったく消え、1頭の置き物がごくごく自然に2頭の置き物になった感じである。

2頭の柴男子と暮らしてみて、もうひとつ、私はうーんと唸らされた。
当たり前の話だが、似ている。行動の予想外の細かな点までが。
カンペイの柴的な部分が、三平と暮らすことで、前以上によく見えるようになったし、カンペイのユニークな個性だと思っていたものが、三平にも共通しているのには笑えた。
あるいは逆に、以前は三平の個性と決めつけていたものが、意外やカンペイにも備わっていたのである。

たとえば、私が愛情で胸をいっぱいにして自分の顔をカンペイや三平の顔にくっつけるとする。頬ずりなどしてさしあげようと。
驚いたことに、どちらも力いっぱい顔をそむけるのである。
今朝の歯磨きを忘れたのかなと一瞬思ってしまうくらい、この2頭は思いきり横を向く。意に沿わぬ媚態とは無縁な男たちなのである。

そうした共通点については次回の日記にゆずるとして――唐突だが、あなたは柴が隠れキリシタンの末裔だと知っていただろうか。
冒頭の写真を見ると、三平が手で十字をつくっている。三平は床に伏せるとき、じつに頻繁に十字をつくるのである。
で、むろんカンペイもしばしば十字をつくる(2枚目の写真)。これが偶然のはずないのである。

※以前、長期間預かっていた柴の文太の写真を調べてみたが、十字をつくったものは1枚もなかった。キリシタンでない柴もあるようだ。
木の枝を両前肢ではさんでカジカジしている写真(下)では十字をつくっているように見えるが、これはたまたま必要に迫られてのことだろう。

誤解を招かないようにいっておくと、カンペイと三平は柴男子のひとつの類型ではあっても、全部を代表しているわけではない。
カンペイ&三平とはまるで違ったタイプの柴の男の子を私は預かったことがあるし、柴男子には私がこれから書くものとはまた別の類型があるのだということは知っておいていただきたいと思う。



文太はやさしい目をした柴だった
2012年08月18日(土) No.148

サクの秘密




サクには秘密がある。

排水管の蛇口がゆるいのだ。ゆるゆるといっていいぐらいである。
いわゆる「嬉ション」「びびりション」をする。

サクがやってきたばかりのころ、私が帰宅して「サク〜」と呼ぶと、喜色満面、飛ぶように駆け寄ってくるのはいいのだが、私の前でチョロっと小を洩らした。
行動の結節点(節目)で洩らすことも少なくなかった。
たとえば、散歩に出る直前、車から降りる(乗る)直前直後……など。
緊張(高揚)のピークとシッコが連動しているようだ。
オリンピックに出場していたら、さぞやたいへんなことになっていただろうと思う。

サクはオムツ持参でわが家にやってきたのだった。
下の写真のサクをご覧いただきたい。
尻尾の付け根のあたりにピンク色のものが見える。
これは伸縮性の布地でできたオムツカバーのようなもので、ベルクロでとめて固定するようになっている。
で、内側に人間の女性の生理用品がちょうどセットできるようになっている。
私はこれまでの人生で生理用品を使った経験がなかったので、装着の際は、やや緊張し、ドギマギと少しだけ頬を赤らめていたかもしれない。

しかし、これはじつにスグレモノだった。
装着による違和感はほとんどないらしく、サクはまるで気にせず飛びまわっていた。
じつは7月21日の日記に掲載したサクとカンペイの室内格闘写真――よく見ていただければ、サクがピンク色のオムツカバーを着けているのがわかるはずだ。
こうやって暴れても外れることはなかったし、シッコが漏れることもなかった。
ときどき、サクがオムツカバーを着けたまま部屋の片隅でシッコの姿勢をとっているのを見つけて、なんだかおかしくて、サクに声をかけたくなった。
お前のパンツに放出されてるだけなんだよ、と。



わが家にサクがやってきて5日ほどたってから、そのオムツカバーを外してみた。
嬉ション、びびりションは、きれいさっぱり姿を消していた。
私はなにか晴れ晴れとした気分がして、前よりもずっとサクが好きになった気がした。
カンペイのシッコがこれほどの大混乱に陥っている横で、サクはまだ子どもなのにえらいなあ、なんて思った私はバカだった。

カンペイが床にシッコの大放出をした際、ときどきそこから数十センチの場所に、小放出されていることがあった。
大きな湖のかたわらに小さな池がポツン……という感じで。
なぜだろう。不思議だった。
大放出の部分を片づけながら、近くにひっそりとある小放出をうっかり踏んでしまうことがあった。
「カンペイってワケわかんないヤツだよな。まとめて1か所にしてくれればいいのに。わざわざ小分けしやがって」
と家内にコボしたものである。
カンペイはとくに釈明しなかった。

しかし、サクが帰ってからハタと思いいたったのだが、あれはサクのシッコだったのではないか。
預かりボランティアさんに電話で尋ねてみた。
「サクちゃんは嬉ション以外のシッコはちゃんとできているんだよね」
「いえ、まだできてません。違う場所にすることありますよ」
うえーっ!?
少し前にわが家に滞在した兄妹犬のタロ君が排泄に関してはきわめて潔癖だったし、目の前で何回かシートに排泄するサクを見て、私は実力を過大評価していたのだった。
(※タロよりだいぶ時間がかかったが、この後、サクも預かり宅では、室内で完璧にシートでできるようになったそうである)

なんとうかつだったのだろう。
小さいほうはサクのシッコだったのだ。カンペイにしては妙に少量だったのも腑に落ちる。
カンペイが大砲を発射する横で、サクはせっせと小火器による援護射撃をおこなっていたのだった。


サクはもうこないでいいと思う(キリッ
2012年08月09日(木) No.147

サクとカンペイ(2)



カンペイの頭に前脚を置くサク

6月中旬のサクの2度目の来訪時に、カンペイのサクに対する態度は微妙に変わっていた。
サクが最初に滞在したときと違って、カンペイには「ここオレんち」という余裕のようなものが生まれていた。
少しだけ距離をおくことができたのである。
前回はサクの嵐に翻弄される哀れな小舟であり、はてしなく仕掛けられる遊びに何もわからないまま応じざるをえなかったかわいそうな男であった。
それが6月には、サクが熱心に遊びに誘いかけても「オメーのお子ちゃま遊びには付き合わねーよ」と、床に伏せしたまま動かないようなことが何度も起こった。

サクは口にオモチャ(とサクが考えるもの)をくわえて、カンペイの目の前で振り回したり、放り落としたりして、しきりに遊びに誘いかけようとする。
あるとき、サクはドーナツのような形をしたオモチャをくわえてカンペイの目の前で何度も振って見せた。
まず遠くから、それでダメなら、うんと近づいて。
だが、カンペイは素知らぬ顔を決めこむ。

業を煮やしたサクは、右前足を伸ばすと、サンペイの頭をぐいと掻いたのである(上の写真)。
「ほら、遊んでよ」と。
いや、これには温厚なカンペイも激怒しましたね。
跳ね上がって「ガウッ!」とサクを一喝したのである。


カンペイを見るときのダックス嬢の瞬間冷凍できるほど冷たい視線。この直後に事件が起こった

じつは、これとちょうど逆な光景を私は見ている。
この事件の前々日に、募集番号305のミニチュア・ダックスがわが家に1泊している。
なかなかプライドの高いこのダックス嬢、ひと目でカンペイのことが嫌いになったらしい。
「ねえ、彼女ぉ〜」と繰り返し遊びを仕掛けるカンペイを、侮蔑とも怒りともつかぬ目でにらみつけていた。
おそろしく冷たいその視線を浴びながら、カンペイは前に出て臭いをかいだり、ふたたび後ろに下がったり、どこか困惑しているようでもあった。

しばらくしてカンペイは意を決したのだろう、さっとダックス嬢に歩み寄ると、前脚をダックス嬢の頭に置いた。
瞬間、ガウッと短い怒りの声をあげ、バネで弾かれたように前に跳びだしたダックス嬢は、後ずさりするカンペイの喉笛から30cmほど手前の空間で上下の歯をカチッと合わせたのである。

カンペイは女子の犬たちにあまり人気がないように見える。
弱っちいところが、生物学的に女子の反感をかうのかもしれない。
「お下がり! お前の子どもなんかほしくないのよ」と。
無視どころか、女子のなかにはカンペイが近づくと叱りつける(吠えかかる)犬もある。
そういうときでもカンペイは後ずさりしながら「でへへ」という感じでいる。とことん平和な男なのである。

その不人気カンペイと仲むつまじく遊んでくれたのがサク女子だった。
2頭の日常の1コマを以下にお目にかけたい。

カンペイが例によって熱心に窓の外を眺めていると、
サクが「兄ちゃん、なに見てる?」と横に並んだ。




遠くのサイレンの音にカンペイがだしぬけに遠吠えのような吠え声をあげた。
サクは目を丸くしてビックリ。「兄ちゃん、気は確かなの」

2012年08月07日(火) No.146

サクとカンペイ(1)



行きますわよ〜!!

先日、「カンペイとサクちゃんは同居しているんですよね」とサクの預かりボラ(「幸せ日記」*「新しい家族を迎えて」=女性)に話した人があったそうだ。
つ、つまりその人は、私とサクの預かりボラさんが同居してると考えたわけだよね(震え声)。
むろん私は同居しても全然かまわない。明日からでもOKである。
しかし年齢的に私より二回り近く若いサクの預かりボラさんは、電話の声から判断するところでは、どうもあまり嬉しそうではなかった。

預かり日記は断片的なエピソードの寄せ集めになるし、こちらの筆力が足りないので、どうしても事実とは少し違った受けとめられ方をされがちである。

以前、サンペイという名前の柴犬(スタッフの1人の愛犬)を1週間ほど預かったことがある。(じつはいまもまさにわが家にきている)
私はそのときのテツとサンペイのあれこれを日記に書いた。
その後、わが家の老先住犬が死に、そのことを日記に書いた。
すると、「サンペイちゃん亡くなったんですか」とメールに書いてきた方がいて仰天した。

*=サクの預かりボランティアさんの日記を「幸せ日記」と書いていましたが、「新しい家族を迎えて」の誤りでした。両日記の筆者さんにお詫びします。


サクの赤ちゃん時代

本当のところは、サクがわが家にいたのは5月初旬に10日間ほど、6月中旬に1泊、7月末に1泊。これだけだ。
しかしこれはとびきり愉快で、じつに興味深い体験だった。(カンペイの排泄混乱劇は除く)

カンペイと私というモノクロームなオヤジ×2にサクが加わると、生活のあちこちに断然豊かな色がのるのだった。
サクは最初にわが家にやってきたときには、まだ10か月齢に満たないほんの小娘だったが、ただちにカンペイの実力を見切り、つねに見下ろしかげんに(あるいは女王然として)接していた。
たとえば、サクが牛皮のカケラなどをくちゃくちゃ噛んでいるときに、カンペイがものほしげに近づいていくとする。
サクがどんな反応を見せるか私は注視していた。
ウ〜〜と威嚇するのか、黙って噛みつづけるか。
反応は予想外だった。
ウガッと一声強烈に威嚇すると、後ずさりするカンペイを1メートル近くもウゲゲガッと野蛮な声をあげて追撃したのである。
サクは本来まったく攻撃的なところのない犬なのだが、弱っちい男・カンペイ相手にはこういうハシタナイ振る舞いを見せるのだった。


こうして体をぶつける

けれどもその一方で、サクはカンペイをどこか頼りにしているように見えた。
散歩に出かけると、カンペイと50〜60cmぐらいの間隔で並んで歩いていたサクはときどき、すっとカンペイのほうに近づいていき、トンとカンペイに体をぶつけていた。
どう見ても親愛の表現だった。
カンペイは無表情だったが、まんざらでもない様子だった。

サクが帰った後、カンペイは散歩で出会う犬すべてに親しげに近づいていくようになった。
サクとの経験が楽しい記憶として残ったに違いない。
こういう点、カンペイは間違いなくウブで純情なのだ。
(その後、主に「うえ」(ラブMIX♀)からいろいろツライ目にあわされるなどして、自ら親しげに他の犬に近づいていく態度は消えうせた)

2012年08月06日(月) No.145

シッコのわけ(2)




「カンペイがかわいすぎる。お別れのときは泣いちゃうよ」
と、家内が言いだした。

ボニー(ラブ♀)の預かりのときは「テツ(ラブ♂)とは比べものにならないほどかわいい」と言っていたその口で、今度は「ボニーよりもずっとカンペイがかわいい」と言う。
家内にとってテツの位置づけはどんだけ低かったのかよと、いまになって私は驚くのである。

このところの練馬の炎暑で家内の脳のあたりがやられたのかなとも一瞬思ったが、しかし考えてみれば、私自身も最近カンペイのことを「かわええな、こいつ」と感じる頻度が増している。
まあ、そのあたりのことは、あらためて書こうと思う。

「かわいい」認定にあたっての家内の絶対条件のひとつが、「手がかからないこと」である。
(念のために言っておくが、この場合、家内の手だけが考慮されるポイントであって、私の手はいくらかかってもかまわないのである)
つまり、カンペイはこれまで預かった犬のなかで、もっとも手のかからない部類なのだ。
これはまったく嬉しい誤算だった。
現在、週に2度ほど室内のシートを使う以外、排泄はほとんど散歩ですませる。ほぼ(ほぼ、です)完璧だ。
それなら最初の1か月はなんだったのか、ということだが。


気が向くと、ひとりでクレートに入って寝ている

いろいろあるが、じつは原因のひとつは私である。
サクがやってきた直後から、いくつかの違った要素が束になって一見「排泄の失敗」というかたちで押し寄せてきた。圧倒された私自身の頭のなかも、サクと出会った直後のカンペイ同様、ショートして真っ白になっていたのだった。

で、このとき私がとったいくつかの行動が、事態をさらに悪くしていたのに気づかなかった。
ひとつは、前に書いたように、サクとあれだけ長い時間庭で遊んでいたんだから、カンペイも十分に排泄しただろうと誤認したことだ。
カンペイは庭ではあまり排泄しないのに。

もうひとつは、これと関連するが、庭であれだけ遊んでいるのだから、散歩は短めに切りあげてよいだろうと考えたことだった。
カンペイはわが家にやってきてまだ4日ほどしかたっておらず、サクはわが家にやってきたばかりだった。
未知数の2頭を一緒に長時間散歩に連れ出すのは、さすがに気が重かった。事故の危険も増すだろうと。
それで、カンペイだけのときの半分以下の距離で散歩を切りあげた。
大きな間違いだった。

散歩から帰った直後に室内でジャーッと排出するカンペイを見て、私は「お、お前、どうしていまの散歩でやらなかったんだよ」と天を仰いだが、カンペイにはカンペイの理由があったのだ。

現在のカンペイは、1日1回、朝の散歩で大量の大を排出するようになっている。
家を出て、どちらの散歩コースに向かおうと、だいたい同じくらいの到達距離(到達時間)で排泄する。
およそ家を出た15〜20分後――これはもう「生徒手帳」に記載されているんじゃないかと思うほど、決まりきった日課になっている。
だいたい散歩の最大到達距離(わが家からいちばん遠い場所)のあたりでやる。
小のほうも、カンペイ独自の謎の計算式にしたがって、排泄量を調整しながら何回にもわけて排出する。

カンペイがわが家にやってきた最初の4日間は、むしろ散歩の回数と時間を多くとっていた。少なくとも日に3、4回の散歩に出た。
サクがやってきたとたん、それが急に絞り込まれたのである。絞り込んだのは私だが。
カンペイの計算ではあと2、3回の小出し排泄をして膀胱タンクを空っぽにしてから帰投するはずが、膀胱タンクに相当量の小水を残したままの帰宅を余儀なくされた。
で、「あれ、なぜか家に着いちゃったよ。お腹痛くなっちゃうから出しちゃうよ」となるわけである。排便も同じ。
このあたり、カンペイは柴らしからぬケセラセラ気質の持ち主であって、必要以上のガマンを自分には強いない。

カンペイはふつうの犬以上に習慣と日課の生きものであり、誰よりも堅固で安定した日常生活を必要としている。
アレヨアレヨという変転の連続のまっただ中で溺れかかっていたカンペイのような男を相手に、散歩の日課を突然変えたりしてはいけなかったのだ。

カンペイは安定した日常という親亀の背中に乗った子亀みたいなものだ。
親亀が乱暴な動きをすれば甲羅から簡単にすべり落ちてしまう。


2012年08月05日(日) No.144