俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

ドンガラ走り




テツが全力で走る姿はスゴイ。
見る者に圧倒的な印象を与えずにはおかない。
どうスゴイかって、一生懸命さでスゴイし、動きのムダな大きさでもスゴイ、気合いの入り方もスゴイし、滑稽という点でもスゴイ。あらゆる意味でスゴイ。
家内はテツの走りを「ドンガラガッタ、ドンガラガッタのドンガラ走り」と命名した。

ジャンプと落下を交互に力いっぱい繰り返す動作は、事業仕分けの対象となって不思議でないほど盛大なムダだらけである。
さらにいうなら、いくぶんブザマでもある。
力感には満ち満ちているが、戸板が倒れるようにバタバタと動く四肢は円滑な協調性を欠いており、いっそう興奮すると2本の前脚をハの字に開き加減に力いっぱい高く上げ、まるでガマガエルの激走みたいになる。
遺憾ながら、テツはしばしば、家の中でもドンガラガッタ走りを敢行する。
ガリガリダダダダバリバリドシンドシンと。
床材に声があげられるなら、ありったけの悲鳴をあげるに違いない。



ところであなたは、サルーキの走りを見たことがあるだろうか。
生物の精妙な美しさこそが神の手の存在するあかしであると、創造説を唱える人々は信じたそうだ。
サルーキの走りを見ると、私でもそう考えたくなる。
「滑るように」という形容は、サルーキの走りにふさわしいが、じつはこれでもまだ十分ではないと思う。
滑るようになめらかに、飛ぶように速く、羽毛のように軽く……奇跡的でさえある。

でもね、転げるようにブザマで、激突するように騒々しく、タンカーのように重くとも、テツがドンガラ走りで一心不乱に私に向かって駆けてくる姿を見るのは、この世の最高の幸せのひとつだと思う。ほんとうだよ、テツ。ときどき笑っちゃうけど。

2010年05月12日(水) No.74

テツのドア




最近読んだ『マールのドア』(テッド・ケラソテ著、古草秀子訳、河出書房新社)には、まいった。
「大型犬の飼い主さんは、ぜひ読んでください」の一文ですませてしまいたい衝動にもかられるが、テツにも関係があるので、少しだけ書いてみたい。

アメリカではベストセラー入りしたこともある本らしい。あとがきを読むまで、そのことは知らなかった。
偶然見つけて、軽い気持ちで読みはじめた。
著者は手練れのアウトドアライターのようだ。
アメリカのかなりの辺境に住んでおり、アウトドア行の途中に出会った放浪犬(ハウンドとラブ ゴールデンのMIXらしい)と暮らすようになる。その犬がマールだった。

書かれているのは、大型犬の飼い主の何割かが一度は夢見るような世界である。
大自然の真っ只中で犬と暮らす。カヌーイング、スキー、登山、マウンテンバイク、狩り……つねにマールが一緒である。森に響く著者とマールの笑い声が聞こえてくるような描写。
われわれには実現不可能と承知で、しかしそこには激しく心惹かれるものがある。

ログハウスのドアにはマール用の小さなドアが設けられていて、マールはそこから外界の大自然や村の小さなコミュニティと自由に往き来する。
著者は自分とマールとのあいだには、「自由で対等なパートナーシップ」があると考えているようだ。
それを読者の頭に滑りこませる手法として、擬人法が多用されている。たびたびマールが人語を話す。しかし非常に巧妙で適切なため、ほとんど違和感を感じることはない。



マールの死への描写は哀切をきわめる(じつは、その前にゴールデン「ブラウアー」の死を描いた部分があり、読むのが苦しいほどである)。
著者の筆致はそこにいたると努めて客観的な描写に徹する。
マールが人語を話すことはもはやなくなる。
マールを失う著者の絶対的な孤独――その途方もない寂しさが私の胸にまっすぐ深く入ってくる。巻末に向かうにしたがって、それは私を激しく打ちのめした。


告白すると、その部分を読みながら私はテツを思いうかべていた。
私は著者と違ってひとり暮らしではないが、何年も一緒に暮らした後に、死によってテツを奪われるなどということは、私にはほとんど耐えられないだろう。何度も頁を繰る手をとめて息をととのえた。
奇妙な感慨かもしれない。
なぜなら、私は飼い主が決まるまでの一時的な預かりをしているのであって、そう遠くない先にテツとは別れなくてはならないからだ。

つまり、自分が耐えられないから、他の人に飼い主となってもらうほうがいいってこと?
いや、そうではない。
これから一緒に暮らす可能性がなくたって、それでもなお、何年も一緒に暮らした後の永別を痛切に思い描いてしまうような、テツは存在なのである。
私にとって、テツとの暮らしはすでにそういうものになっていた。

マールの「ドア」が著者にひらいた世界とは比べようもないだろうが、テツのドア――ツギハギだらけであっても――が私にひらいて見せてくれたものはじつに豊かだった。私の残りの人生に、もう二度はないだろう。
そのことだけで十分幸せだと思わなければならない。


オレとテツ。とっても仲よし
2010年05月04日(火) No.73