俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

一点の雲




カンペイが吠えた。
ワキャォ〜ンと甲高い悲鳴のように。
怖い夢を見たのか、眠ったまま声だけあげている。
つづいてキャ、キャ、キャ〜〜〜ンと怯えた声が長く尾をひいた。体をガタガタと小さく痙攣させている。
そこでハッと目覚めたカンペイは、首を上げて周囲をビクビク見回してから、横でごろ寝していた私のところにやってきて体をくっつけてまた寝た。
カンペイはよく怖い夢を見るらしい。何日かに一度は寝ながら声をあげる。私も「恐怖の大王」的な悪役としてその夢に登場しているといいのだが。

さて、前回の日記に「先行きは明るいと思った」と書いたが、そうした楽観的な気分のなかにも、「あれれ……」と不可解に感じたことがじつはいくつかあった。

ひとつは庭での排泄作法。
たいていの犬は「ほら、シッコウンコしなさい」と庭に出してやれば、「待ってましたぁ」とばかりに排泄する。
とくに柴は「拙者は死んでも家の中では出さないのであるぞ」的な無用に誇り高い武家のような種族だから、室内ではギリギリをだいぶ超えてもガマンして庭で排出する。
柴のなかには膀胱炎になるまでシッコをガマンしてしまうヤツさえいる。

で、カンペイだが、庭で排泄しないのである。めったに。
前にも書いたが、「はい、シッコウンコどうぞー」と庭で放しても、ふと見るとカンペイは所在なげに私の横に立っている。
なんだ、シッコたまってないのか、と家に入れると、ほどなくジャーッと大量のシッコを室内放出したりする。
カンペイがシートと考えるものの上で。

「お、お前、そんなにためこんでんなら、なんでさっき外でやらなかったんだよ」と頭に上る血をムリヤリ下げ、心で滂沱の涙を流しながらホメまくるのが飼い主の務めである。カンペイはシートの上でやってる(つもり)なのだから。



もうひとつ不可解だったのは、謎の大量放出実演である。
わが家にやってきた翌日だったか翌々日だったか、寝転がってテレビを観ている私の直前50センチのところでカンペイがジョワジョワジョ〜〜〜とえんえん大量放出を開始した。
1.5畳敷きのホットカーペット(電源は入っていない)の上だった。
さすがにこれをシートと誤認するわけはあるまい。
シッコをするたびにホメてたから、まさか、見せびらかしにきたのか。
すると立て続けに今度は玄関(勝手口)のそばの木の床にも。
この連続排出劇がどんな意味をもっていたのかを私が知るのは、だいぶ先のことであった。

しかし、このときの私はカンペイの排泄にかんしてはおおむね楽観的な気分でいた。
たまの失敗や不可解な例外はあるにせよ、全体としては散歩時と室内シート排泄というそれなりに安定した秩序が見られたからだ。あとは時間が解決するだろう、と。

すべてを木っ端みじんに打ち砕いたのは、サクという女の子の出現だった。
2012年07月11日(水) No.138