俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

大誤算



▲センターから引きだした日に。ホースで水をかけると、浴びるより飲んでいる

東京都のセンターで最初にそのラブを見たとき、真っ先に頭に浮かんだのは「小さい」ということだった。
同じ犬舎にずっと大柄の温和そうなラブが入っていたこともその印象を強めていた。
小さいのは結構。しかし、その様子はありていに言って、決して好ましいものではなかった。
私が「たいへんラブ」の三大兆候と考える「(1)視線が定まらない(2)挙動不審――不特定の方向に力いっぱい引く(3)吠える」をすべて備えているように見えた。

目のまわりがキョンシーさんのように黒ずんでいて、あまりラブらしくなかった。
アレルギー持ちなのだろう。
耳朶の内側も赤く、目も赤かった。
全身から異臭を発していた。


▲センターで。キョンシーさんみたいな顔をしている

私は本当のところ、この若いラブを預かるのは少し気が重かった。
ラブは好きだ。
しかし全方位に力を発散させているように見えるこのキョンシーラブはなあ……。無用に気力・体力を消耗させられるのは間違いなかろうと思えた。
私も若くない。この猛暑の夏を挙動不審のこいつに振り回されるのかと思うと、考えるだけでどっと疲れた。

センターで、後席を畳んだハッチバック車の荷室に置いたケージに入れて走りだすと、キョンシーはヒンヒンと小さく鼻鳴きしたが、それっきり静かになった。
途中、荷室のラブを振り返ると、ケージのなかでじっと立っていた。
そっとたたずんでいるといった風情にすら感じられる。
内心不安がないはずはないのに、まるで通い慣れた道をドライブしているように落ち着いて見えた。
信号待ちのあいだに、ケージの隙間から指を入れるとペロリとなめた。

ひょっとしたら自分はこの子のことを見誤っていたのではないかという気が、はじめてした。
そのときはまだ本当には気づいていなかったのだ。私は見誤っていたどころではない。大誤算をしでかしていた。
この子は、駆けずりまわって探しても見つからないほどの素晴らしいラブだったのである。


▲強制水浴中。表情はやさしい

※申しわけないことに、ユーリ(コリー)の日記はまだ完結していなかった。
いくつか書かなければならないことが残っていたのだが、311の大震災と原発の破滅的事故(この国が破滅に至らなかったのはたまたまにすぎない)・汚染という事態に茫然自失とした私は、日記をまったく書けないでいた。
そうこうしているうちに、次の預かり犬がやってきた。
ユーリの日記は、後日、きちんと書き終えるつもりだ。

2011年07月20日(水) No.115