とはいえ、対比の強いものだったらなんでも怖がるのではなく、目新しくて予期していない視覚刺激だけを怖がる。(略)目新しさが問題なのだ。
動物はほうっておくと、たとえ目新しいものが怖くても、かならず自分でそれを調べる。(注)太字は原文では傍点
動物で手こずっているときは、かならず、動物が見ているものを見て、動物が体験していることを体験してみてください、と私はいつもいっている。動物を混乱させるものは山ほどある。におい、日課の変更、初めて体験するものなど、すべて検討するのだ。(略)犬や猫や馬や牛がなにを見てわずらわされているのか、自分に問いかけるのを忘れてはならない。
(注)太字は原文では傍点
動物は暗視能力が私たちよりもはるかにすぐれているので、明暗の対比を強烈に感じる。(略)動物は床の上の強い対比を視覚の崖と思うらしい。暗いところは、明るいところよりも深いと思っているのだろう。(略)家畜脱出防止溝は道を遮断して掘られた穴で、金属製の格子のふたでふさがれている。(略)牛もその気になれば歩けるのだが、格子のあいだから深さ約六〇センチの溝が見えるので、歩かない。
牛の目には、溝と道路の対比はとても強く、おそらく底なしの穴に見えるのだろう。オリヴァー・サックスの著書『火星の人類学者――脳神経科医と7人の奇妙な患者』に、交通事故で色覚を失った画家の話が出てくる。画家は、交通事故以来、車を運転するのが困難になった。道路にできる木の影が穴に見えて、車が落ちそうな気がするのだ。色覚が失われて、明暗の対比が深さの対比に見えたのだ。
明暗の強い対比はどんなものでも、二色型色覚(*)の動物の注意を引き、気を散らせるか、あるいは怖がらせる。大型動物を移動させるときに、明暗の強い対比があると、途中で立ち止まってしまう。
(*)同書によれば、目に見える原色は、犬を含むほとんどの哺乳類が二色(青と緑)、人間と数種の霊長類では三色(青、緑、赤)だという。それぞれ「二色型色覚」、「三色型色覚」と呼ぶ。
(※)著者のテンプル・グランディンは、自らも高機能自閉症(アスペルガー症候群)であり、自閉症の人間と動物の感覚には通じるものがあると主張する。
「動物感覚」へのすぐれた理解によって、彼女は産業動物の「福祉」における第一人者になった。
ここでいう「動物の福祉」は、しばしば誤って用いられるが、煎じつめれば「動物を不要な苦痛なく効率的に人間のために役立てる(殺す)」方策を意味している。
著者の立場そのものを許せないという動物愛好家がいて当然だと思う。
また、以前にも書いたが、同書には科学的な実証性が不十分な記述も見られるので、信頼性を吟味しながら読む態度も必要だと思う。