俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

雪の降る夜は




東京の2度目の雪はかなり本格的だった。
その夜遅く、ユーリを連れて散歩に出た。
大粒の雪が音もなく降りつづいていた。
近くの公園にはひとっこひとりいなかった。
しんと静まりかえっていた。世界は私とユーリだけだった。

野球のグランドの半分の大きさもない小さな公園だが、本物の樹木があり、築山があり、繁みと草がある。
そのすべてが、誰にも踏まれていない真っ白な雪で覆われていた。
誰かと遭遇する可能性はまずないから、フレキシブルリードのロックを外して伸縮自由にした。
(フレキシブルリードの握り手は、手からとり落としたときのためにハーネスで私の体に固定してある)

ユーリは嬉々として雪を蹴立て、ダッシュしては急角度で切り返し、また私のほうに突進してきた。
飽かずそれを繰り返す。
私もユーリと一緒に走り、雪の上を転がった。
こんなに楽しかったことは久しくなかった。腹の底から笑いがこみあげてきた。

私が歩くと、ユーリは私の前を進んで、臭いを探索し、雪を噛み、あたりを見まわし、遅れると追いかけてきてまた私の前に出た。
フレキシブルリードの限界の距離までは遠ざからず、つねに一定の範囲内から出ない。
そう、おそらくこれが人と犬の関係なのだ。
こうやって人は、荒れ地や森、沼沢地を犬と渉猟してきたのだろう。



こんなに暗く、誰もいない、雪に半ば閉ざされた、沈黙の支配する公園で、私は不思議なあたたかさと安心感に包まれていた。
ユーリが一緒にいるだけで、世界はこれほど違って見えるのだ。
私が雪の上にべったりと腰をおろすと、ユーリはちょうど私に背を向けるかたちで私の体の真ん前に座った。お尻を私にぐいと押しつけて。
ときどき私を振り返る以外は、注意深く周囲に目をやっている。
ユーリは私に守られ、私を守っているのである。
気分のうえでは、私は世界と孤絶してユーリといた。それは素晴らしい体験だった。
もしかしたら原初的な人と犬との関係のミニチュアな追体験であるのかもしれないとすら感じた。

私が斜面から自分のお尻をソリ代わりにして滑り降りると、「オッサン、ナニするか」とユーリは思いきり怖がった。

翌日、ふたたびユーリと雪の公園に出かけたが、前夜のマジックは再現しなかった。
ユーリは雪を囓ってばかりいたし、それほど楽しそうではなかった。
(その理由はおそらく周囲の騒音だろう。雪の降った翌朝の東京はタイヤチェーンのガラガラ鳴る音、スコップで雪をかく耳ざわりな音などがまじりあって、ものすごく騒々しいのである)


▲午後遅くまで雪が残っていた
2011年02月19日(土) No.106