俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

不妊手術



ああ美しい、ため息がでるほどに……

「麻酔から醒めたら、小型犬のようにキャーキャー大なきして。やっぱり子犬なんですねえ」
看護師さんが笑っていた。

生後6か月がすぎ、ユーリの不妊手術をおこなった。
男の子だから日帰り手術になる。
麻酔に対する体質だと思うが、ときどき手術後の具合がよくない子がいる。
その晩は死んでるのか生きてるのかわからないぐらいぐったりする。私が夜に起きて、何度も様子をたしかめるほどである。
犬種的にはセッター、ウィペットなど。ほとんど男の子で、やせ形のハンサムと決まっているから、私なども該当するわけだ。

ユーリは拍子抜けするほど元気に病院の奥から出てきた。心配しすぎて損をした。
そのうえ病院からの帰りの車中では、ずっとギャーギャーヒネヒネ文句を垂れつづけていた。
麻酔の影響で具合が悪いのか、術部が痛いのか、車酔いが重なって不快なのか、その全部なのか、とにかくご機嫌ななめである。
私は運転しながらずっとユーリのおしゃべりを聴いていた。よくしゃべることである。
しかし、息をしているのか不安になるほどぐったりと元気がない子を気にかけながら運転するより、文句を聴いているほうがずっとよい。


▲文句がはじけ出す直前の不満顔。目が陰険化してる

術後1週間も無事にすぎ、間もなくユーリの募集が開始されることになる。
本当に正直な気持ちを話せば、胸中やはり複雑なものがある。
少し前、家内に「コイツとの別れは辛いかもしれないなぁ」と話したら、「テツのときもそう言っていたし、いつも同じこと言ってるじゃない」と突き放された。
そだったか。
その家内も最近になって、「この子とお別れするのはきっと寂しいよね。本当に性格のいい子だから」などと言いだした。

テツとユーリでは、別れ難さという点は同じでも、その中身が違う気がする。
テツの不器用な一途さ。ひたむきさ。万事に至らなさ。
コイツはオレと別れて大丈夫だろうかという思いがつねにあり、同時に、コイツほど純に一途な犬と今後出会うことができるだろうかという思いもあった。
ユーリに対しては、どちらかというと人間の親の感情に近いものがあるかもしれない。
この子の成長ぶりを、かなうなら生涯を、見届けたいという強い思いが去らない。
素晴らしい可能性をもった子が、これからどんなふうに成長していくのか。成犬ユーリの益荒男(ますらお)ぶりをこの目でたしかめたい、という思い。

もちろん、私の役割は、この子を最善の状態で、最良の飼い主さんにお渡しすることにある。
それさえかなえば、別れの辛さなど、甘美な回想のひとつに溶解していくことを私は知っている。

しかし当たり前だが、知っているのと感じるのは別である。


▲ほうら、文句が出たよ
2011年02月09日(水) No.103