俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

テツの謎(2)




当たり前のことだが、犬には一緒に暮らした飼い主の痕跡が残る。
天衣無縫に見えるテツも、注意深く見れば、じつは大きく前の飼育環境の影響を受けていることがわかる。
いやそれどころか、鋭敏に人に感応するラブは、飼い主を映しだす鏡といってもいいぐらいだ。

喜ぶテツは、人のまわりでピョンピョンはね飛ぶが、そのときにほとんど人の身体に飛びつくことをしない。
ピンポイントの抑制がはたらく。
ちょうどそれは、訓練士がヒザを上げて飛びついてくる犬の胸に当てる矯正法――飛びつくと不快な思いをするんだナと犬に覚えこませる、あのシツケ法の結果を眼前に見ているようですらある。
同様に、甘噛みもそこそこ抑制されている。
脚側歩行しかり。
前の飼い主が「ここは直してほしい」と注文し、プロの訓練士が部分部分にパッチをあてたらこうなるのではないかと思えるようなアンバイである。

しかし一方で、ラブやゴールデンなどレトリーブ系の犬特有の「モノに対する執着」への配慮はまったく払われていなかった。
レトリーブ系犬種のシツケのキモといってもいいことなのに、である。

テツは、これほどのお人善しの人好きなのに、大事なモノをくわえているときに手を伸ばすと唸り声をあげた。
私はしばらくそのことに気づかなかった。
テツを引きだして間もないころ、数時間のショートステイをお願いしたお宅から報告があった。
そのときテツが執着したのはピーピーと音のでる小さなボールだった。
私は半信半疑だった。
フードを食べているときに、食餌皿に手を入れても無反応だったし、それまで一緒に暮らしていてテツは唸り声ひとつあげなかった。だいいち、そんな天晴れな気概がコイツにあるとは思えなかった。

もしかしたら、テツにとって魅力的なモノがわが家になかったためなのかもしれないと考え、ブイヨンをとった後の牛骨を与えてテストをした。
驚いたことに、たしかに唸り声をあげたのだ。あのテツが。
2009年08月19日(水) No.41