俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

大頭


テツの巨大な頭と暮らしているうちに、すっかり私の直感的構図バランスが崩れてしまったらしい。
どのワンコを見ても、頭の小さな子に見えるようになった。
その話を家内にすると、得たりとばかり言った。
「あなたの頭も小さく見えるようになったわよ」

この大きな頭をテツは休みなく働かせているに違いない。
私が家の中を歩くとき、すぐ背後について、頭で後ろからぐいぐい私のヒザの裏側を押すのは、どちらかというと副業的な働きであって、いつもはこの頭をつかって何かよけいなことを考えている。

テツの頭のなかの多くを占めているのは、おそらく「人」だと思う。それを除けば「食」と「遊」だけといっていいだろう。



テツの感情(ほとんど喜びだけで構成される)の起伏は、家庭内の人間の数に単線的に比例する。
外出していた家族が帰ってくると大喜びで出迎え、すぐに私のところにダッシュで戻ってきて、腕をくわえる(甘噛みではない。歯が当たらぬよう、ヨダレだけがかかるように上手にくわえる)。
「帰ってきたよ。嬉しい、嬉しい、嬉しいね!」と。
2人の家族が続けて帰ってきたりすると、もう喜びで大きな頭が飽和したのではないかと思うくらいのはしゃぎようだ。
全力で私のところに駆け戻ってくると、飛びかかって腕をくわえる。そしてまたすぐに帰宅した人のところに走り去る。

家族がフルメーンバーに集えば、その輪のなかで誰よりも嬉しそうにしているのはテツだ。息子の表情と好対照である。
その逆に、家族が次々と外出していくと、テツの元気はみるみる失われていく。ときには見送りのときに哀切に絶叫することもある。

必然的に、人間観察の達人である。
悪事(比喩的な表現であって、犬にとっては決して悪事ではない)をいたす場合も、じつによく人を見ている。
盗み食いも、もちろん家族が留守中におこなうのだが、この場合、息子が在宅しても不在と見なされる。

センターからはじめてわが家にやってきた日、テツはマーキングしなかった。
あ、コイツは大丈夫なんだと気を緩めた2日目に、人の目を盗んできちんとわが家の南北2か所にマーキングしていた。

テツはいつも人を気にかけている。
私がいちばん好きなテツの表情は、少しだけ離れた場所からこちらをじっと見ているテツに、「おう、テツ!」と声をかけたときにあらわれる。
それまでの集中と微妙な緊張が私の声でカタンと外れ、耳を含めた顔の造作すべてが喜色でハの字に緩む。直後にテツはシッポと腰を振りながら私に向かってやってくる。
2009年08月14日(金) No.39

作業犬



▲やっと晴れた

以前、私は次のように書いている。
私が思うに、ラブ(テツ)の世界は小さな環を形成している。
その環は、人がそのしかるべき位置に嵌(はま)ってはじめて完全なものとなる。

これ、間違っていました。すみません。
私が青かった。
正しくはこう書くべきでした。
私が思うに、ラブ(テツ)の世界は小さな環を形成している。
その環は、人と食(盗み食い)がそのしかるべき位置に嵌(はま)ってはじめて完全なものとなる。

最初の盗み食いのときに、神奈川コパン(神奈川支部)の代表者格がその先を予見するように話していた。
「食べ物を手が届きにくいところに置いたりするのはよけいダメだよ」

「わかっている」と返事したが、根本的なところで私はわかっていなかった。
テツにおいては、いやテツを類型とするラブにおいては、盗み食いをおこなうのに能力の出し惜しみをいっさいしない。通常の家庭では、盗み食いではじめてその秘められた能力を全開するといってもいいくらいだ。
デヘデヘとへりくだったり、だらしなく昼寝ばかりしているからといって、テツが遺伝的に獲得した能力を甘く見てはいけなかった。
テツの意識下では、野生動物が生存をかけて食の獲得に全知全能を傾けるのと、ほとんど同じことをしているのだ。このわが家で。

ラブが卓越しているのは、フレンドリーなところだけではない。
目的に向かうときの集中力、困難を乗り越えるタフネス(ある意味の図太さだね)、知力と体力。
そうしたものが他の犬種にも増して備わっているからこそ、捜索犬、麻薬探査犬、作業犬として重用されるのだろう。

その能力は困難にあたればあたるほど、真価を発揮する。
「手が届きにくいところ」に置かれれば、届くようにありとあらゆる能力を傾注し、結局は手を届かせるのだ。
ハンパな隠し方をするのは、隠さないよりさらに事態を悪くする。

おおむね現在にいたるまで、盗み食いに使用されたテツの能力と意志は、私の(食べ物を隠匿する)能力と意志を上回っていると判断できる。
家を空けるたびに発生する、タッパウェアに入っていたドライトマトが床に散乱していたり(お口に合わなかったらしい)、バナナが房ごと消えたり、手作りクッキーが袋だけ残して消えるといった超常現象の背後からは、テツの上機嫌なハミングが聞こえる気がする。

(私と家内の脳味噌とキッチンの)構造上、わが家で完璧に食べ物を秘匿するのは難しいが、そんなこといっている場合ではない。
冷蔵庫の上、食器棚の上……など、ホコリまみれの遊休地の活用が必要となった。
序盤の予想外の劣勢をはね返し、テツとの知恵比べに勝って、盗み食いへの意欲を根から挫く必要がある。
本気出す。明日からは。
2009年08月14日(金) No.38