俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

悪夢


物理量とは、テツのサイズ、体重、運動エネルギーなどを指している。どれも無用に大きい。

一昨年だったか、センターから引きだしたばかりの大型MIXの問題行動に直面した私が、会の代表者に相談したことがあった。
そのとき代表者は開口一番言った。
「これが小型犬であっても同じように(問題と)感じると思いますか」と。

テツについてこれと同じ問いかけをしてみれば、答えは明らかだと思う。
仮にテツの体重が現在の6分の1だとする。
5kgのテツ……。いまは頭部だけでそれくらいの重さがあるかもしれない。中身が空っぽでなければ。

5kgのテツに出会うことができたら、奇怪きわまりないであろう容姿を除いて、間違いなく誰もが一緒に暮らすのを夢見るような犬であるはずだ。
穏やかでやさしく、人を愛し、何よりも飼い主を愛し、他の犬にもフレンドリーで、決して怒らず、聡明で、小指の先ほどの邪気もない。
ところが、これが30kg(現状では贅肉ゼロのコークスクリューボディで体重30kgだから、ラブ体型に膨らめば軽く35kgに達するだろう)のテツとなると、中身は同じでも評価軸が一転する。

吠え声が近所迷惑、騒々しい、力が強くて危ない、疲れる、暑苦しい、うざい、家が傷む……。



私がソファで寝ていると、テツが「起きて一緒に遊ぼ」とドスンと私の身体の上に飛びのってくることがある。
30kgの物体がおよそ時速10kmで落下してくるのだから、身構えていても、うっと息が詰まる。
テツはそのまま馬乗りの上四方固めに移行して、私の顔を舐める。
というよりは、読んで気分が悪くなったらお詫びするが、私の唇をテツの唇と舌が覆うのである。容赦なくヨダレまみれに情熱をこめて。
私は、気の進まない相手に肉体的に迫られる女性の気持ちが――ほんの一部だが――理解できたような気がした。

あるとき、うたた寝していた私の上に突然(いつも突然だ)テツがのしかかった。
半分しか覚醒していなかった私は、呼吸ができなくなるパニックに襲われ、重くのしかかっているテツをやっとの思いで身体の上から放りだした。
寝覚めは最悪だった。
こみあげる怒りをおさえて、よろよろと立ち上がると、期待に目を輝かせたテツがハアハアと荒い息をして見上げている。「お前、いまの遊び楽しかったナ、次はナニする?」と。
私はこの犬との暮らしを選んだ自分を恨んだ。

ところが、ショートステイのチワワやダックスが同じことをやったとき、その私は「おお、なんとかわいいヤツ」といつも手放しで受けいれていたのだった。
2009年07月17日(金) No.21