俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

総力戦


気乗り薄ではあったが、私ひとりで犬舎に入ると、憑きものが落ちたようにラブは吠えるのをやめた。
喜色満面という言葉でしか表現できないほど大喜びしていた。
犬舎への人の来訪が嬉しくてたまらないらしい。立ち上がってピョンピョン私のまわりで跳ねとぶ。

ふつうならここで体に跳びかかってユニクロ謹製の私の大事な服を汚すところだが、このラブはけして私の体に手をかけようとはしない。
甘噛みの素振りもするが、これまた、けして私の肌に強く歯を当てない。せいぜい、ヨダレがかかるくらいなものだ。
おそらく訓練による強い抑制がはたらいているのだと思った。

外に向かって吠えかかっていたときの形相とは一変して、誰よりも大きなラブの顔には、善良そうで、だらしないほど無垢な喜びの表情が浮かんでいた。
なんだ、いいヤツじゃないか。
ただ、見るからに身体からジャブジャブ溢れている体力と、吠え声の巨大さに、かなりの苦労を強いられるのは間違いないなかろうという印象を受けた。

私が犬舎から出ると、またすさまじい形相に戻って吠えた。


▲引き出し当日に屋外で全身シャンプー――水をかけられるとご満悦だ

貴族的高雅のグレート・ピレニーズを引きだそうと決める瞬間に、田夫野人(でんぷやじん)ふうの朴訥なラブが私の頭に割りこんできたのには、そういう事情があった。

ピレニーズを救けることができる以上、善良一色だと知ってしまったラブを――どんなに暑苦しい存在であっても――見殺しにできなくなっていた。
本当のところ、たわいもなくピレニーズの美に転んでしまった自分自身に心がとがめたのかもしれない。

Perroの責任者に「ラブも出してやろうか……。大きいのが2頭、大丈夫かな」とおそるおそる声をかけた。
大型犬2頭を引きだす余力がはたして私たちの会にあるのか。自信はなかった。
Perroの責任者は少しもためらわずに言った。
「出しましょう。なんとかなりますよ。総力をあげてやればいいんですから」

ここがこの女性のもつ希有な資質なのだが、コトにあたって、けして困難を恐れない。人に前向きのパワーを与える。
問題は、そのあげるべき「総力」が、いつのまにか私ひとりの総力にならないかという点だった。
2009年07月09日(木) No.15