俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

しつけ


「いい子ですねえ。よくしつけられてますね」
その女性は感に堪えたようにいった。
レストランのテラス席で、私の足元に伏せしたまま声ひとつ出さないブリを見て、隣のテーブルに座っていた若いご婦人が声をかけてきたのだった。彼女はチワワの小犬を連れていた。

「いや、全然しつけはしていないんですよ」
私がぶしつけにそう答えると、女性は驚いたようだった。その目には「バカにしているのではないか」という不快感も少しだけ浮かんでいたように見えた。急に表情が冷淡になった。

でも、本当のことなのだからしかたがない。
昼からワインを飲んでいる、見るからに怪しげな飼い主の横で、ブリが悠然と構えているからといって、それはしつけがよくできていることを意味するわけではない。



回転しながら右に左に動きまわるコマのような小型犬の神経過敏に馴れた人には、ブリの落ち着きは特別なものに見えるのかもしれない。トレーニングの結果、はじめて可能になる何かに。

そうではない。
これはある種、生得のものといっていいと思う。
ブリには恐れるものは何もなく、恐れさせる必要がある相手もいない。精神が安定して、自らの存在のゆるぎなさのなかで安んじている。
だからこういう場で、すっかり神経の武装解除をして、リラックスできるのだ。
大型犬の成犬には決して珍しくないことである。

それに、ブリには明確なONとOFFがある。
鳥や猫を見たとき、散歩に出発した直後、気分がハイになったときなどにはONのスイッチが入るが、それ以外のときにはOFFとなる。
ONとなったときのブリは、恐るべき放埒なエネルギーを発揮して私を引きずり回すが、OFFのときのブリはまったく手のかからない子なのだ。そして、OFFの時間のほうがずっと長い。

「でも、猟犬だから大変でしょ。気が荒くて」
どういって説明すればわかってもらえるのだろうか。これは完全な誤解なのだ。
こうした誤解が、犬飼いのなかにも根深く存在するのは残念でならない。
事実はほとんど逆である。
2008年09月15日(月) No.7