俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

交友録---ユーリ





うえと異なり、ラフ・コリーのユーリとボニーは頻繁に会っていたわけではない。
ユーリのお宅をごく短時間の表敬訪問で訪れたのが1度、ドッグランで2度ほど遊び、3日ほどユーリがわが家に泊まったことがあるという、その程度の交友である。
しかし相性とでも呼んだらいいのだろうか、この2頭は初対面のときから抜群にウマが合った。

初対面のとき、ボニーがユーリの前で仰向けに転がってみせたのに私はビックリしてしまった。
コケティッシュといったらいいすぎだろうが、ボニーは少しだけ自分より若いこの男の子がよほど気に入ったらしい。

2頭はドッグランでは豪快、野蛮に遊び、ユーリがわが家に泊まりにくると切れ目なくもつれ合って遊びつづけていた。
ときどき私が2頭をムリヤリ引き離し、休ませなければならなかった。

遊びに没頭する2頭を見ているのは、じつに楽しかった。
しかし、申しわけのないことに、それがユーリにはよくない結果となった。
わが家で、てんかんの発作を起こしてしまったのだ。




子犬でPerroに保護されたユーリは、生後半年を越えて新しい飼い主さんに譲渡されていった。
そうして、1歳を迎えるか迎えないかというころ、ユーリはてんかんの発作を起こしたのだった。
1度、そして日をおいて2度、3度と……。
その報せをいただいたときに、私がどれほど驚いたか想像していただきたい。
あれほどピカピカの子犬だったユーリが、まさか。
しかしそれが現実だった。叫ぼうが泣こうが変わらない現実である。

飼い主さんは「だからといって、ユーリに対する私たちの気持ちが何ら変わるものではありません。むしろより愛情が深まったといっていいと思います」と当たり前のように話した。
私は、このような人たちにユーリを譲渡した自分を少し誇らしく思ったのである。

はじめて目の前で、里帰りしたユーリの発作を見るのは辛い体験だった。
発作の最中よりも、その後回復していくまでの姿が痛々しかった。
ユーリは懸命に立ち上がると、視力が戻っていないのだろう、ふらふらと歩いては何度も障害物にぶつかり、よろけた。制御を失った自動装置のように、右も左もなく、ただ歩き、さ迷うのだった。





原因はわからない。
何かの因子がユーリの脳に紛れこんだのかもしれないし、違うのかもしれない。
ユーリは依然として見ほれるほど美しく、誰よりも聡明で、ときどきちょいワルで、人が好きで、人から好かれ、他の犬に対しては(本当に力のあるモノ特有の)悠揚たる態度で接し、本質的に心根のやさしい子である。
ユーリの資質に嫉妬した神が1滴だけスパイスを落としたに違いない。
しかしその1滴によって、ユーリは私たちにとってよりかけがえのない子になったのである。

ユーリを短時日お預かりするときに、飼い主さんからてんかんの発作について説明を受けた。
発作中は歯を固く食いしばるから指を噛み切られたりしないよう注意してほしいという話もあった。
私は尋ねた。
「ボクの指が噛み切られたようなときは、緊急でご連絡を差しあげたほうがよろしいですかね」
飼い主さんは間髪を入れずに言葉を返した。
「そんなことでは、連絡してこないでください」
私がこれまで耳にしたなかで、最高に素晴らしいジョークのひとつだった。

ユーリは最初の飼い主に捨てられて幸せになったのだと、私は確信している。


2012年06月05日(火) No.130

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