俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

交友録---うえ(4)





爬虫類脳と哺乳類脳というおもしろい考え方がある。
細かい説明は省かせていただくが、脳の中心部にあるのが原始的な爬虫類脳で、人間はその後の進化の過程でその外側により高度の脳を獲得していったというのだ。

私は、うえには「ジュリア脳」というのがあると思っている。
悪童時代の「ジュリア」の脳。天才的ワルに無限エネルギーがフル充填されたジュリア脳である。
ジュリア脳の外側には、その後のトレーニングやしつけ、人との暮らしによって、きわめて薄い「優等生脳」が獲得されている。
うえが譲渡先から戻ってきた直後のファーストコンタクトのときに、私が見た折り目正しく振る舞ううえは、まさに優等生脳のうえであった。
ビシッと脚側で歩き、命じ終わる前に座り、「ハウス」のコマンドで瞬速クレートに入る。
しかし、なにぶん優等生脳は薄く後付けであり、その下のジュリア脳のマグマがあまりに強力なため、あちこちで地崩れや陥没、地割れが生じてジュリア脳が噴出露呈する。
そうなると、天下一品のワルが出現する。
人間の油断、心のわずかなスキを見逃さず、驚くべき奸智を発揮する、盗み食いの大家、侵入・脱走・破壊の名手である。
多数の預かり犬を経て「難攻不落」を豪語していたわが家の庭からの脱出路を見つけたのはうえである(その後、厳重に補強した)。
室内ドッグランでは、知り合いの小型犬をボーリングのピンのようになぎ倒しながら走る。
ぶつかってしまうのではなく、明らかに自らの力の優位に喜びを感じながら相手めがけて当たりに行ってる。



↑深く流れの速いところに平気で突っ込んでいくうえを呆然と見るボニー


前述したように、うえの現飼い主はPerroスタッフである。
留守番のときは「かならず」うえをクレートに入れて出かけた。
フリーにして目を離したときのうえの武勇伝はさんざん耳にしていたから、この点は厳守していた。
一方、本人在宅のときはもちろん室内でフリーにしていた。
家の中では何ひとつ問題を起こさない子なので、「もう大丈夫。短時間の外出だし」と、うっかり考えたのである。
甘かった。
ほんの20分程度の外出から帰ると、たいへんなことになっていた。

うえはなぜか戸で仕切られていた隣りの部屋に侵入して、食べられる可能性のあるものすべてを食べ散らしていたのだった。
このマンションは簡単にいうと2部屋あって、1室は完全フリー部屋、もう1室は「犬の立ち入り禁止部屋」となっている。
左右にスライドする2枚の引き戸(引き違い戸)が、この2室の間を仕切っている。いつも出入りする側は注意深く隙間のできないよう開け閉めしていた。
一方、常時閉めっきりになっていた側の戸は、飼い主の注意が向けられていなかったため、戸と柱の間にいつの間にかわずかな隙間ができていたのに気づかなかったらしい。
うえは、その小さな隙間を見逃さなかった。
こじ開けて隣りの部屋に侵入し、狼藉のかぎりを尽くしたのである。



↑ボニーは絶対に、たらいには入らず、外でうえの水遊びを見ている

うえとボニーを比べると、ボニーには純朴で要領の悪い高校生みたいなところがある。
運動部の練習に明け暮れ、かばんにはぎっしり教科書とノートを詰めて学校と家とを往復する毎日である。
一方、うえは運動能力抜群で、運動部に入部するとたちまち素質がピカイチであることが明らかとなるが、早々に退部して、毎日、放課後は街で遊んでいるような子だ。
教科書やノートは学校のロッカーに置きっぱなし。だが、その抜け目なさで成績や学校の評価は悪くない。世の中のことをいっぱい知っていて、同級生から一目置かれている。

世間智に富み、ワルの匂いがするうえといるのが、ボニーには楽しくてならない。うえのことが大好きなのである。
「遊ぼ、遊ぼ」とひっきりなしに誘いかけるのはボニーのほうだ。
もしかしたら、うえは、ボニーがうえのことを好きなほどには、ボニーのことが好きではないのかもしれない。


↑いつも遊びをしかけるのはボニー
2012年06月05日(火) No.129

No. PASS