俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

不動如山(動かざること山のごとし)



▲センターから引きだした4日後に動物病院で。このときの覚束ない表情は忘れられない

「この子は、外に出すと座ったまま動かないんですよ」
ユーリをセンターから引きだすとき、職員さんからそう聞いた。
そんな子をいったいどうやったら「迷子」にさせられるのか、不思議でならなかった。

わが家以前に2週間ほどユーリを預かった引きだし責任者(しつけのエキスパートでもある)からは、「フリーズすることがあるけど、ムリヤリ引こうとしないように」との注意を受けていた。
後に知るのだが、これはきわめて的確で、ある意味で予言的な指示だった。

幼犬ユーリはたびたびフリーズした。
門扉を開けて道路に出ようとすると「オラ、行かね」とバッタリ動かなくなり、排水溝の手前で固まり、団地を抜ける階段の前でテコでも動かなくなる。
困ったのは、散歩中に突然、道路の真ん中でフリーズすることだった。
さっぱり原因がわからなかった。
「ムリヤリ引くな」といったって、そのままにしたら、走ってくる車にひかれてしまう。たいせつな私まで。
道路脇に退避させようと慌ててグッと引くと、ユーリは後ずさりまでして頑強に抵抗する。
あ、あぶないじゃないか――。
これにはまいった。

不思議なことに、このフリーズははじまったときと同じぐらい唐突に解除された。テコでも動かねーと身を固くしていたユーリが、魔法がとけた白雪姫のように動きだすのである。
しばらくして、道路上でのユーリのフリーズの原因が、近づいてくる車やバイクの「音」であることに気づいた。かなり遠くにあっても過敏に反応するが、対象が通り過ぎると、フリーズは解除されるのだった。
原因が理解できたことで、ユーリはともかく、私の気持ちはずっとラクになった。


▲踏切も平気だ

私はオヤツ誘導による平和解決の方法を見つけたが、そんな手管も早々に不要となった。ユーリは短い時間で学び、自らのおそれを乗り越え、道路でフリーズしなくなった。
車やバイクをほとんど気にかけなくなった。すぐ横を平然と歩く。
いまでは整備不良のディーゼル車かバイクがけたたましい騒音をたてて間近を走らないかぎり反応しない。
(バイクについては後日談があるので、後述するつもり)
電車には、最初の接近遭遇では1メートルも跳び退いたが、すぐに慣れた。
商店街の雑踏はむしろ好きなジャンルだ。

道路上の機械音のほかにユーリが敏感に反応したのは、境界と直線である。
ときどき、隠し絵のように、ユーリのおそれを読み解くのがむずかしいことがあった。
2011年03月08日(火) No.112

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