俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

接近遭遇




犬と散歩中に、見知らぬノーリードの犬が近寄ってきたら、あなたは緊張しないだろうか。
私はする。

その日、ユーリと私は暖かな日ざしを楽しみながら散歩していた。
川のそばにある公園広場の脇を通り抜けようとしていたときだ。
目の端に、小学校低学年ぐらいの少年とサッカーボール、お母さんらしき女性、小さな柴犬が映った。
ミニ柴か、それとも柴の子犬かな、楽しそうだなあ、リードが見えないけど……。

そんな考えがちらっと頭に浮かんですぐに消えた。
なにしろこちらは、正面2時の方向にいる鳩に全神経を集中しているユーリとお散歩中だ。

あっと思ったら、すぐ近くに柴がきていた。ひとりで。
天下自由のノーリードだった。
柴は私とユーリの進行方向に回りこんだから、私は体の向きを変えようとした。
しかし、ユーリはそのまま突っ立っている。「オラと遊ぶんか?」って感じで。
次の瞬間、柴はウーと唸りかかった。
私は「おい、おい、ウソだろ」と声をだしながら、後ずさった。ユーリはキョトンとしている。

飼い主の女性が慌てて駆けつけてきた。
私に「すみません、すみません」と繰り返すと、「ダメじゃないの!」と叱りながら、柴を強く叩いた。キャンと小さな悲鳴をあげる柴。
私も思わず口を出さずにいられなかった。
「叩いても仕方がないんで、リードを着ければいいことでしょ」と。
その女性は返事をせず、首輪を引きずるように柴を連れ戻していった。
そちらの方向を見ると、少年が「ね、ウチの母ちゃんすげーだろ。オレだってたいへんなんだよ」という表情で私に無邪気な笑顔を見せていた。

ユーリとその場を遠ざかっていく背後から、また柴の悲鳴が追いかけてきた。
クソオヤジによけいなご注意まで受けざるをえなかった屈辱が口惜しくって、女性はその分、柴に当たり散らしているのかもしれない。


▲幼犬の時期から犬同士でこうして社交してきた。みーんな友だち(のはず)

仮に女性の行為がなんらかのシツケであるとするなら、柴の社会性を損ない、狷介な性格に追い込んでいくための、もっとも効果的なシツケ法であったのは間違いない。
柴に自分がなぜ叩かれているか理解できるはずがない。
柴は痛いから悲鳴をあげているのではない。犬の痛覚は驚くほど鈍磨になりうる。
愛する人が自分に向かって手を上げていることに恐怖しているのだ。

人は犬をこうやって歪めていく。
あるいは私がもう少し寛容に、近寄ってきた柴に先にやさしく声をかけるなりすべきだったのかもしれない。
そうしたら、後半のすべては起こらなかった可能性はある。

救いはユーリのノーテンキと、少年の無邪気な笑い顔だった。クソオヤジだって軽く落ち込んだのだよ。


▲柴とも「オッス」。ユーリがまだ本当に子どもだ
2011年03月01日(火) No.108

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