俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

コーギーというもの




ボリスは(新しい名前はコウちゃんになったから、次からコウちゃんとする)、コーギーの男の子としては本当にいいヤツだし、「コーギーの男の子にしては」という前置きを取っ払っても本当にいいヤツである。

コーギーの♂は、私たちのような活動をしている者にとっては、少し緊張させられる相手だ。
咬癖が根強くある子が少なくない。
もともと直情径行、一本気な性格だけに、いったん曲がるとなかなか手に負えないところもある。

以前、ドッグランの運営にたずさわるボランティアご夫妻が、傍らの愛犬・コーギー男子を指して「この子はたいへんだったんですよぉ」と昔話を語りだした。
若いころはきかん気で、ガブガブ咬まれて、お2人とも手が血だらけになったそうだ。
その悪鬼のような時期を抜けでるまでに何年もかかったという。

私は、自分の手が血だらけになるのはあまり好きではない。
コウちゃんをセンターから引きだすときに、少し緊張した。
誤解しないでいただきたいのだが、私個人にとってコーギーは好きな犬種のひとつである。
10年以上をコーギーの女の子と暮らした。それは忘れがたい経験となっている。



もう何年も前になるが、JKCの競技会を見学していたときのことを思いだす。
たまたま私が見かけたそのコーギーは、小柄のセーブル系で、見るからに利発、300ワット級の明るい魅力に満ちていて、キラキラとした銀粉のようなチャームが周囲にまき散らされているみたいだった。
その子の演技は正確、忠実。私のような素人からは完璧に見えたし、なによりもじつに楽しそうにそれをおこなっているのがよかった。
だが、長時間のマテが繰り返されたとき、その子はウキウキと周囲を見わたし、次の瞬間にはダッと走りだしていた。
競技会の会場から飛びだして、はるか遠くに駆けていった。あわてて追いかける女性の飼い主。
もう一度演技が開始された。
今度は前のときよりも短い辛抱の後に、その子はまたしても駆けだしたのである。なんとまっしぐらに私のほうに向かって。
ふたたび取り押さえられたその子の顔に、「あー、おもしろかった。もう1回遊ぼ」という感じの、なんとも楽しそうな、イタズラっぽい表情が浮かんでいたのが間近でハッキリ見えた。
その子は2度の「場外」で失格になった。
私は、飼い主さんの落胆をヨソに、「コーギーはこうじゃなくっちゃ」と心の中でひそかに快哉を叫んだものである。

コーギーは律儀で、自分にも他者にも自分の決めたルールを守らせることを好む。
融通がややきかない面がある。
日本犬の柴にいくぶん似た性質をもち、そのためもあるのか、互いを「天敵」と見なすことが多い。
こう書くと、なんだただの頑固ジジイじゃねーかよ、と思われるかもしれないが、コーギーにはこうしたすべてを内側からぶち破ってほとばしる、明朗で力強く健康なエネルギーの発散がある。自らを軽々と乗り越えてしまうのだ。


▲コーギーには日なたと牧草の匂いがする。

コーギーは「大型犬のハートを持った小型犬」と呼ばれる。
小さく愛らしいその見かけに騙されてはいけない。
なんといったって牛追いの犬である。
昼間は牛を追い、仕事でヘトヘトになっても、夜には酒場で暴れることができる連中だ。
コーギーの特性を知らずに、そのサイズだけを見て安易な気持ちでコーギーを「座敷犬」同様に扱えば、うまくいかないことのほうが多いのは当然である。
18世紀 19世紀のワイオミングからカウボーイを連れてきて、丸の内のオフィスに1日縛りつけることを考えたらよい。

コウちゃんについて少しだけ書く。
コウちゃんは、去勢手術を受け、肥満させられ、フィラリアに感染させられて、見捨てられた。軽いハンドシャイがある。
上の事実から大胆に想像すると、飼い主は素人繁殖のコーギー子犬を譲られたか、あるいはペットショップの店頭で見て「かわいいー」と購入したのではないか。
いずれにしてもコーギーについて無知なまま飼育をはじめ、コーギーが子犬期を脱すると、そのエネルギーとパワーに驚き、去勢手術をおこなう。しばしば体罰も用いた。そして、その後は放置と無関心という虐待に転じる……。

こういう目にあってもなお、コーギー男子のコウちゃんが曲がらなかったのは驚くべきことだと思う。
コーギーは根に神経質な部分があり、センターから保護する直前直後のコーギーは神経性の下痢を患うことが少なくないが、コウちゃんはその点でビクともしなかった。下痢のゲの字もなかったのである。
子犬のユーリのワガママ放題・傍若無人ともじつに辛抱強く付き合ってくれた。

こういう活動をして知るのは、ある人にとって無価値に見えるものが、じつは素晴らしい、むしろ稀少といっていいほどの価値をもっているという事実である。
無価値だと決めつける人は、ただ本当の価値がわからないだけなのである。

コウちゃんは素晴らしいコーギーだ。
強いていえば、それに気づくことのできない人間が飼い主になったことだけが、この子の欠点だった。

コウちゃんが、どんだけいいヤツかは、預かり日記をお読みいただきたい。
「わんこ預かってます」


2010年12月15日(水) No.93

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