俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

わかりやすい人




「まったく、わかりやすい人だねえ、あんたは……」
家内が呆れはてている。

1週間ほどミニピンの男の子がわが家にショートステイしていった。
その子が去ったとたん、テツはコンコンと爆睡を続けた。全身から安堵が煙となってモクモクと立ちのぼっているようである。

ミニピンは、たいそうかわいいヤツだった。
すぐにヒザによじ登ってくるし、ブランケットや布団にはかならず足元から潜りこんできた。
コイツの人とのあられもない接し方を見て、「オレの座が危ないかも」とテツは強い危機感を抱いたのだろう。ときどき、両の目の間には深い懸念が感じられた。誰が見ても、顔に「心配」と書いてある。
そして――あの巨体で、みごとに赤ちゃん返りしたのである。



ミニピンが突然去ると、テツの緊張が解けて、全身でホッと安堵した。
2、3日寝てばかりだった。
私や家内がどう動こうと、ピクリとも起きないテツ。そんな姿ははじめて見た。

滞在中、ミニピンは私がパソコンに向かっているときには、黙々とヒザによじ登って、窮屈で不安定な場所で丸くなって寝ようとした。
「聖域」を侵されて、テツの焦るまいことか。
できるなら私とミニピンのあいだに割りこみたかったのだろうが、体のサイズがそれを不可能にしていたため、頭だけを私のほうに差しだした。
ミニピンは振り向いて、テツに唸り声をあげた。私のヒザの上から下僕テツを見おろす支配階級気取りである。
テツはミニピンの唸り声などまったく気にしないが、私は気にするので、すぐさまミニピンを床に下ろした。
たちまち四民平等となって、ミニピンはなにごともなかったかのように平民の仲間入りした。
不思議な生き物である。



ミニピンにはただちに消滅してほしいとテツは感じていたに違いない。
ときどき、テツがその鼻先をツンツンとミニピンにぶつけることはあった。
けれども、明らかに攻撃的な行動をしかけたのは一度もなかった。

テツの辞書に「攻撃」の2文字は存在しない。
神様が遺伝子に書きこむのを忘れたに違いない。(他にも書きこみ忘れた大事なことがたくさんあるようだ)
たぶん「テメーのことが気に入らないんだよッ」という行動を開始しても、テツの場合は脳回路が自動的に「敵対モード」から「遊びモード」に切り替わってしまうのだろう。
瞬間的に芽生えた敵対エネルギーは、そのポテンシャルを保ったまま遊びエネルギーに変換されて、発散先を求める。

そういうわけで、テツ自身なぜか分からずミニピンを遊びに誘い、当然断られると、ひとりでハイになって遊んでいる。
不思議な生き物である。

2010年04月15日(木) No.71

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