俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

ピッポの恩返し


ピッポと数日暮らしてピッポのことが好きになるにつれ、すっかり心の武装解除が進んでしまった。

幼児の面倒を見るときにたいせつなのは、他の仕事をしていてもかならず、注意力の何パーセントかは幼児の行動にふり向けておかなければならない点だろう。
短い時間であっても、他のことに100パーセント没頭してしまうと、たいへんな事態を招くことがある。

子犬も同じだと思う。
つねに視野の片隅と脳味噌の一角に子犬の存在を意識しておくこと。これを忘れるとイタい目にあう。



ピッポに対する警戒心が緩んだ結果、ある夜、私はちょっとばかり酒を過ごしたのである。
気がついたらソファの上でうたた寝していた。
目が覚めたときには、1時間半が経過していた。家族全員はとっくに自室に戻って寝ているらしかった。
反射的にピッポの姿を目で追うと、楽しそうに私の近くの床を歩いていた。
なぜかホッとしたのを覚えている。

喉の渇きを覚えたので水を飲み、頭を少しだけすっきりさせてから、パソコンのある私の「作業場」に入った。
正確には、入ろうとした、である。
部屋の前で私は呆然と立ちつくした。

目の前には大惨状が広がっていた。
隅に積んであった書類やプラスチックフォルダ、雑誌の類が床いっぱいに散乱し、その上に排便され、小水が振りかけてあって、その全部が完全にシャッフルされて平らに整地されているのだった。
ごていねいに、糞をスタンプ代わりにした犬の足跡も点々としている。
私は思わず部屋のドアを閉めた。

ピッポをサークルに入れると、まだアルコールの抜けていない頭で、これが何かの間違いであることを願いながら、私はよろよろと寝室に歩いて、そのまま布団をかぶって寝た。

翌朝、事態は何ひとつ変わっていなかった。
いや、悪くなっていた。便が硬化して、床板と紙、紙と紙、紙とフォルダをつなぐニカワのようになっていた。
ドアを開けっ放しにして酔ってだらしなく寝こんだ自分を深く呪ったが、すでに手遅れだった。

泣けるものなら泣きたかった。
幸い、汚れた書類の類にロクなものはなかった(と自分に言いきかせた)。
いちばん厄介だったのは、空のビニールフォルダにかかった小水だった。
外側を拭けば、一見、原状回復する。が、フォルダの中に侵入した液体は、1か月以上たってもそのままだった。いつまでも乾かないのだ。
1枚ずつフォルダを開いて除菌アルコールを吹きかけ、ていねいに拭うしかなかった。1か月後に気づいて、であるが。

ピッポを叱ってもムダなので、いっさい叱らなかったが、この日から、私はピッポが前ほど大好きでなくなった気がする。


▲モンスターズ――右がピッポ、左がジュリア

後日、この話をPerroのベテランボランティアにすると、間髪をおかず、
「当たり前だよ。子犬から目を離すほうが悪いんだよ」
いつもながら励まされるお言葉だった。
2009年12月27日(日) No.62

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