俺 流
[ Perro Dogs Home 預かり日記 ]
拾い食い
その後も、テツの唸り声はマレにではあったが発生した。
明朗にして善なるテッちゃんに潜むダークフォースである。
「お父さん、テツがウーウー唸ってるんですけど」
テツと一緒にテレビを観ていた娘の呼ぶ声がする。
娘のところに駆けつけると、テツが娘の横に伏せて唸り声をあげていた。
私はこういうシチュエーションに出会えて嬉しくてならないのだが、予期せざるオヤジの到来に、テツの目は、明らかに弱りきった。
「あー、なんでこのオッサン来ちゃうかな」
「女性の前で引っ込みがつかねーから」と唸り声はやめないが、すでに声音に自信が失われている。
もはや、体面のためだけに抵抗のポーズを見せているだけで、2、3度「出せ」と命じると、ペッと吐きだした。
紙だった。
何かおいしいものを包んでいたもののようだったが、とうとう紙を食うまでに身をやつしたらしい。
スープの冷めない距離にある実家に預けたときは(というよりは「かわいいー」と拉致されていったのだが)、ゴミ箱に捨ててあったキッチンタオルだかティッシュだかをくわえて、それを掻きだそうとした家人に唸り声をあげ、あまつさえ威嚇のために咬んだ。もちろん手加減して、であったが。
もっともこれは、お互いの信頼関係がないのに、「きたらやっちゃうよ」と唸り声をあげて警告している犬に対して、声を荒らげてムリヤリ口からものを掻きだそうとした人間の側にも責任はある。
散歩中、1度だけ、テツが私に対して唸り声をあげたことがあった。
夜だった。
雑草の生えた公園で、テツは地面の臭いを嗅いでいたかと思うと、いきなり何かをパクッと口にした。
毒餌だったらたいへんだ。私は瞬時に青ざめた。
「出せ!」
手を口に伸ばすとテツは顔をそむけて、唸り声をあげた。
厳しい口調で再度命じると、口にくわえていたモノの大半をポロリと落とした。おにぎりだった。
お前、毒が入っていたらどうするんだよ!!
オレはお前のためを思って言ってやってるんじゃないか!!
私の方向を失った感情が爆発した。
大声をあげてテツのリードをグイグイ引き、現場から大急ぎで遠ざけた。
テツは驚いたに違いない。オッサン、とうとう気がふれたかと。
命じていないのに、しおらしくオスワリをした。目がそうとうに弱っていた。
リードを強く引かれたらオスワリするように教えられたのか。
いや、厳密にはそうであるまい。
テツ流理解で、「ヤバイ場合はとりあえずオスワリね」となっているのだろう。
口に入れたものをとっさに取り出せなければ犬の健康に危害が及ぶ場合もある。
これだけは直さないと本当にテツのためにならない……。
イザというとき、人が逡巡するようであってはならないのだ。
テツは「おにぎり一気飲みしちゃえばよかった」と思っているのだろうなぁ。
2009年09月22日(火)
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