俺 流  [ Perro Dogs Home 預かり日記 ]

オレを見ろよ、オレだけを!




新聞紙の上に寝ているのは、路上生活の予習をしているわけではない。
私が朝刊を床に広げて読んでいると、こうしてテツが寝そべるのだ。
「オレよ、オレ。新聞を読むなら、オレを読んでよ」と。
テツが視界に入らない世界に行きたいとしみじみ思う。

家内とテレビを観ていると、2人の間に割りこんでくる。
そこまではいい。
しばらくして本格的に眠くなると、少し離れた場所に移動してイビキをかいて寝る。これも許す。
だが、テレビを観ながら2人が談笑したり笑い声をあげると、イビキをピタリと止めて、悪魔のごとき鋭敏さで目を醒まし、テレビの前に立ちはだかり、次には私か家内にむしゃぶりついてくる。これはカンベンしてほしい。
いいシーンを見逃したのも1度や2度ではない。

どうやらテツは、地球(テツの理解する地球は、わが家を中心とする半径1kmの歪んだ円板状をしている)の中心にいつも自分が鎮座していないと気がすまないらしい。無視されるのがいちばん嫌いだ。


▲「オレと遊べー」の模擬写真

私はアナログ波の停止まで、手持ちのテレビを使い続けるつもりだった。
アナログ地上波の終焉をこの目で見届けるつもりでいた。
ところが、あろうことかわが家のテレビ(ブラウン管式)が息絶えた。
不本意ながらテレビを買い換え、ケーブル局をデジタル契約に切り替えるよう申し込んだ。

簡単な切り替え工事があるという。
ケーブル局から2人の男性作業員がやってきた。
残念ながら私は用事があって工事に立ち会えなかった。本来なら絶対に見逃したくなかったのだが。
だから、以下のことは家内から事後に聞いた話である。

工事の作業員2人がやってくると、テツは大興奮におちいった。
遊び相手あらわる、と。
人は自分と一緒に遊ぶべき存在だと考えているのだ。

テツを見た2人は、明らかに嬉しそうではなかった。
男性のうち1人は犬を飼っているが、ただしチワワだかヨーキーだか、小型犬だという。
とにかくテツを隔離しないと作業ができない。息子の部屋に息子と一緒にテツを押し込んだ。
「オレを無視するな。遊べー」とガンガン吠えるテツ。

「簡単な工事」のはずが、全然簡単ではなかった。
出先の私に電話が入る。
「ケーブルが分岐しているけど、一方はどちらに行っているのか、って」
答えて電話を切ると、すぐにまた携帯が鳴る。
「アンテナ線の端末はどことどこに出てるかって、聞かれたんだけど」
ふたたび、10分ほどして携帯が鳴った。
「ブースターはどこにあるか知ってる?」
知っている。いままさにテツが幽閉されている息子の部屋の屋根裏にある。
押入の天袋からアクセスすれば、ネズミの糞にまみれたブースターが見つかるはずだ。

息子にテツを散歩に連れ出させて、その間にブースターの交換作業を終える。
こうして、見られたくない家中の秘所を見られてしまった。
続いて、テレビまわりの作業となった。

しばらくして、家内を呼ぶ作業員の狼狽した声がした。
「奥さん、奥さん。犬が……」
見ると、座って作業していた男性の背中に、嬉しそうな表情でテツがのしかかっていた。
小型犬を飼っている男性のほうだった。逃げ遅れたらしい。
犬の飼育経験がないというもう1人の男性は、いちはやく安全な場所に逃れて難を避けていた。
床に広げてあった図面や工具や部品類は、テツの4本の脚に踏みつけられている。
テツは、息子の出入りのスキに部屋のドアをすり抜けるや、まっしぐらに「遊び」に参加しにきたのである。

やはり地上波のデジタル化は鬼門であった。
2009年09月16日(水) No.47

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